ミケネ文明の発見 3

エヴァンズは伝説のミノス王の宮殿を発見したのです。


それでこのクレタの古代文明は、ミノア(ミノス)文明とも呼ばれます。


その建物跡は迷宮の名にふさわしく多くの大小様々の部屋からなり、ミケネ時代の城塞のような城壁を欠いています。


また壁画と陶器とは明らかにミケネ人の手本でした。


ミケネ人の模倣作は拙かったからです。


ミケネ文明はクレタ文明を受けついでいたのです。


エヴァンズの活動の少し前に、島の南部ではイタリア人がファイストスに宮殿の発掘を始めており、その後は、島の各地に各国の学者たちが活躍してつぎつぎに華やかなクレタ文明の姿が再建されていきました。


クノッソス東方の海に近いマリァ宮殴、ファイストスに近いハギア・トリアダ離宮、地方の邸宅のほか、都市も姿を見せたし、墓地、山上の聖地、洞窟などが発掘調査されました。


こうして、クレタ文明の長期にわたる各時期の発達と華やかな文化が再生できるようになりました。


キクラデス諸島にもこの文明は跡を残していますが、メロス島が最も注目されました。


第ニ次大戦後にも大きな発見が続いた。


その一つは島の東端にあるザクロス宮殿であり、もう一つはテラ(サントリン)島の住居址です。


クレタ文明は一層に輝きを加えました。


・・・以上のように再建されたトロイア、キクラデス、クレタ、ミケネの諸文明は明白な個性とともに、エーゲ文明としての共通性をもっています。


・・・それは共通の自然条件と生活様式からきていると思われます。

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